浦和地方裁判所 昭和58年(ワ)405号 判決
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【判旨】
原告は、本件事故の発生した階段は、一階に連勝複式馬券売場があり一時に群集が殺到する場所にありながら、急勾配でありしかも手すりが設置されておらず構造的に危険性が高く、また警備員らによる混雑の整理が不十分であつた旨を主張する。
1 よつて、右事実の有無について検討するに、右主張に一部副うところの原告本人尋問の結果もあるが、他方、<証拠>を総合すれば、次の事実を認めることができる。
(一) 本件事故の発生した階段のある四号スタンドは、正門、パドックあるいは決勝ゴールから最も遠い位置にある建物である。そのため、右四号スタンドは他の一号ないし三号スタンドと比べても、日頃から観客の数が最も少ない建物であり、本件事故当日も混雑していなかつた。
(二) 右四号スタンドには、一階に連勝複式馬券の売場があつて四号スタンドの中では比較的混雑するが、二階の単勝と複勝馬券売場及び三階の単勝と複勝馬券払戻窓口はともに混雑することはほとんどない。
観客の中では、概ね連勝複式ファンと単勝及び複勝ファンとは好みが別れていることもあつて、通常、二、三階から一階への観客の移動はさほど認められず、本件事故当日も、観客が集団となつて右階段を駆け下りるような状況は認められなかつた。
ただ本件事故発生の時間は、遇々最終レースの発売締切時間の間際であつたため、急いで階段を駆け下りる者もあつた。
(三) 本件事故の発生した階段は、幅が約三メートル、階段数が約一九個で、途中に踊り場のあるコンクリート製の階段である。その両側には、コンクリート製の側壁が設けられており、階段の端から落下する危険性はない。
また本件階段の勾配は、確かに緩やかなものとはいえないが、駅など他の公共施設のそれと比較しても急勾配であるともいえない。
したがつて、右階段の勾配、広さなどの概況から、本件階段に手すりを設置する危険性のある状況とは認められない。
(四) さらに、浦和競馬場の施設と他の競馬場の施設とを比較した場合、階段の勾配が急であるとの事実はなく、手すりの設置についても、都内大井競馬場において幅員の広い一部階段に手すりが設置されている例があるほか、他の競馬場においても設置されている例はないことが認められる。
(五) 本件事故当日、浦和競馬場及びその近辺に配置された警備員の数は約一一六人にも及び、出入口、馬券売場など混雑の予想される箇所に定地配置を行つたほか、別動隊により場内を巡回して、観客の整理誘導を行つた。
以上の事実を認めることができ<る。>
2 以上の事実に照らして、本件において国家賠償法二条、一条に該当事由があるか否かについて判断する。
先ず、同法二条の該当の有無について検討するに、一般に、同条の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいうものと解される(最判昭和四五年八月二〇日民集二四巻九号一二六八頁)。したがつて、営造物について、予測を超えたあらゆる危険に対してまで安全性を備える必要がないのはもちろん、事故当日、事故との関連で通常予想することができる危険に対して安全性を備えていると認められる場合には、同条に該当しないものというべきである。
本件において、右認定事実のとおり、本件階段は日頃から混雑が予想されない場所であり、二階から一階への観客の移動、特に集団による移動は予想されないこと、本件階段の勾配や構造について他の競馬場と比較しても特に安全性を欠いている点は見受けられないこと、本件事故は急いで階段を下りようとした観客が原告の肩を押したことに起因することなどに徴すると、原告主張のように、競馬場が老人を含め健全な娯楽施設であるべきとの点を考慮に入れても、本件階段は通常有すべき安全性を備えていたものといわざるを得ない。よつて、国家賠償法二条の設置又は管理に瑕疵があつたとの原告の主張は、これを認めるに足る証拠はなく、失当といわなければならない。
また原告の国家賠償法一条の主張についても、前記認定事実のとおり、本件階段が通常混雑が予想される場所ではなく、事故当日も群集が一時に殺到した状況は全くないこと、他の混雑の予想される場所には警備員が多数配置されていたこと等の事実が認められ、右主張についてもこれを認めるに足る証拠はなく、失当といわなければならない。
(永田誠一)